はじめに
冬場に流行しやすいインフルエンザですが、インフルエンザの診断によく使われるのが迅速検査キットです。検査で陽性であればインフルエンザ、検査で陰性であればインフルエンザではない、と思っている方が多いと思うのですが、実はそう単純な話ではありません。インフルエンザ流行期においては、検査が陰性であっても実はインフルエンザということがそれなりの確率であり得るのです。
え?どういうこと?と思われたでしょうか。この記事では、インフルエンザの検査の特性、インフルエンザの診断について、できるだけわかりやすく解説します。
インフルエンザ迅速検査キットの特徴
検査の感度、特異度
病気の診断に使われる検査はたくさんありますが、それぞれに特徴があります。その特徴を表すときに「感度」「特異度」という言葉を使って表現します。ちょっと難しい言葉と感じられるかもしれませんが、できるだけわかりやすく解説します。
まず前提として覚えていただきたいのは、完璧な検査は存在しないということです。どんな検査でも、病気なのに陰性と出てしまう(偽陰性)、病気じゃないのに陽性となってしまう(偽陽性)、ことがあるということです。
偽陰性を減らすということは「見逃しを減らす」ということです。見逃しを減らそうとすると、どうしても病気じゃないのに検査で陽性に出てしまうケースが増えてしまいます。つまり「偽陽性」が増えるということになります。逆に間違って病気と判断されてしまうことを避けようとすると、どうしても「病気なのに検査で陰性」となってしまうケースが増えていまいます。つなり「偽陰性」が増えてしまうのです。
このことを踏まえて上で、下の表で「感度」「特異度」をまとめてみたので、ご覧ください。
感度 | 病気の人を「病気があると検出(陽性)」する力 感度を高めようとすると病気じゃない人も陽性としてしまうことが多くなる。(偽陽性) 感度の高い検査で陰性の場合、その病気の可能性はほぼ否定できる。 |
特異度 | 病気じゃない人を「病気がないと検出(陰性)」する力 特異度を高めようとすると病気がある人も陰性としてしまうことが多くなる。(偽陰性) 特異度の高い検査で陽性の場合、ほぼその病気と診断して良い。 |
表にしてみましたが、かなり難しいと思います。これを読んですぐに理解できたらすごいことです。
でも大丈夫です。覚えていただきたいのは、太字の部分です。つまり、
- 感度の高い検査で陰性の場合、その病気の可能性はほぼ否定できる。
- 逆に感度が低い検査で陰性であっても、感度が低いということは見逃しが多いので、その病気の可能性は否定しきれない。
- 特異度の高い検査で陽性の場合、ほぼその病気と診断して良い。
- 逆に特異度が低い検査で陽性であっても、特異度が低いということは病気じゃない人も陽性に出ることがあるので、その病気ではない可能性が残る。
ということになります。ここまで、なかなか理解できない方も多いと思います。しっかり理解できなくても次の項を読み進めていただいて構いません。
インフルエンザ迅速検査キットの特性(感度、特異度)
では、インフルエンザ迅速検査キットはどのような検査特性があるのかを解説します。
インフルエンザ迅速検査キットの感度・特異度 J Emerg Med 2010 Oct; 39(4):476
- 感度 57%(95%信頼区間 52-62%)
- 特異度 96%(95%信頼区間 95-97%)
これをみると、インフルエンザ迅速検査は特異度は高いものの、感度はそこまで高くない、ということがわかります。
もっと簡潔に言うと以下のようになります。
インフルエンザ迅速検査キットで陽性の場合、(特異度が高いので)インフルエンザと診断して良い。
インフルエンザ迅速検査キットで陰性の場合、(感度はそこまで高くないので)インフルエンザではないと言い切ることは難しい。
検査で陽性ならインフルエンザ、陰性ならインフルエンザじゃない、と考えていた方にとっては衝撃の事実だったかもしれません。しかし、実際の医療というのはそう簡単に割り切れるものではなく、このうように不確実性の中で判断していくものなのです。
では、実際に検査結果をどのように解釈すれば良いのでしょうか?
答えは、その患者さんのインフルエンザらしさを検査前に判断し、検査結果を解釈することになります。そのことを次の項で解説します。
かなりインフルエンザらしい方がインフルエンザ迅速検査を行った場合、検査後のインフルエンザの可能性がどうなるか
前の項で、インフルエンザ迅速検査キットは、結果が陽性であればインフルエンザと診断して良いが結果が陰性のときにインフルエンザじゃないと言い切ることは難しい、そういった特徴のある検査であることを説明しました。
では、実際にさまざまな状況の方に検査をした場合、結果をどのよううに解釈したら良いのかについて解説します。
前項の最後でも少し述べたのですが、実はその患者さんのインフルエンザらしさによって結果はだいぶ変わってくるのです。今回は、かなりインフルエンザらしい方にインフルエンザ迅速検査を行った場合について説明します。
かなりインフルエンザらしい方にインフルエンザ迅速検査を行って陰性だった場合、検査後のインフルエンザの確率はどの程度か
インフルエンザらしい方に迅速検査を行って陰性だった場合、検査後のインフルエンザの確率を考えます。
「かなりインフルエンザらしい方」というのは、以下のような状況を想定しています。
インフルエンザが流行している時期です。あなたの周りにも熱を出して休んでいる人が数名います。
あなたも夕方から寒気が出てきて、熱が39℃台まで上がってきました。頭痛や節々の痛みもあります。軽い喉の痛みや咳・鼻水もありますが、そこまでひどくなくて、寒気と熱と痛みがつらい状態です。
まず、検査前にインフルエンザの可能性がどれくらいあるかを考えます。これは、周囲の流行状況・患者さんの症状や身体所見などから推定します。ここでは、検査前確率を80%と推定します。
以下、かなり細かい計算が入るので、面倒な方は以下の四角いボックスを飛ばして読んでください。
- インフルエンザ迅速検査キットの感度と特異度を、ここでは感度70%(つまり0.7)特異度90%(つまり0.9)で計算していきます。
- ベイズの定理に当てはめていきます。ベイズの定理は、不確実性を扱う際に用いられる公式で、以下の式で表されます。
- 検査前オッズ ✕ 尤度比(ゆうどひ) = 検査後オッズ
- オッズは確率から求めることができます。オッズ=確率/(1ー確率) です。
- 逆に確率はオッズから求めることができます。確率=オッズ/(1+オッズ) です。
- 尤度比(ゆうどひ)は感度と特異度から求めることができます。
- 今回は検査陰性の時を考えるので、陰性尤度比=(1ー感度)/特異度 です。
- 検査陽性の時は陽性尤度比を用います。陽性尤度比=感度/(1ー特異度) です。
- 実際に数字を入れてみます。
- 検査前オッズ=0.8/(1-0.8)=4
- 陰性尤度比=(1ー0.7)/0.9 ≒ 0.333
- 検査後オッズ =4 ✕ 0.333 ≒ 1.333
- 検査後確率 ≒ 0.571
- つまり、検査後確率は57.1%
結論ですが、インフルエンザの検査前確率が80%の方にインフルエンザ迅速検査を行って検査陰性だった場合、検査後のインフルエンザの確率は57.1%、となります。検査陰性でもインフルエンザは否定できないということになります。
次に、この方(つまりインフルエンザの事前確率が80%の方)にインフルエンザ迅速検査を行って、陽性だったときに検査後の確率がどうなるかを考えてみます。
かなりインフルエンザらしい方にインフルエンザ迅速検査を行って陽性だった場合、検査後のインフルエンザの確率はどの程度になるか
今後は陽性だった場合を考えてみます。結論だけ読みたい方は以下の四角いボックスを飛ばして読んでください。
- インフルエンザ迅速検査キットの感度と特異度を、ここでは感度70%(つまり0.7)特異度90%(つまり0.9)で計算していきます。
- ベイズの定理に当てはめていきます。ベイズの定理は、不確実性を扱う際に用いられる公式で、以下の式で表されます。
- 検査前オッズ ✕ 尤度比(ゆうどひ) = 検査後オッズ
- オッズは確率から求めることができます。オッズ=確率/(1ー確率) です。
- 逆に確率はオッズから求めることができます。確率=オッズ/(1+オッズ) です。
- 尤度比(ゆうどひ)は感度と特異度から求めることができます。
- 今回は検査陰性の時を考えるので、陰性尤度比=(1ー感度)/特異度 です。
- 検査陽性の時は陽性尤度比を用います。陽性尤度比=感度/(1ー特異度) です。
- 実際に数字を入れてみます。
- 検査前オッズ=0.8/(1-0.8)=4
- 陽性尤度比=0.7/(1ー0.9)=7
- 検査後オッズ =4✕7=28
- 検査後確率 ≒ 0.965
- つまり、検査後確率は96.5%
結論です。検査前確率80%の方にインフルエンザ迅速検査キットを行って検査陽性だった場合、検査後のインフルエンザの確率は96.5%になります。
まとめ
まとめると以下のようになります。
- インフルエンザの検査前確率が80%の方に、インフルエンザ迅速検査キットで検査を行った場合
- 検査陽性だと、検査後のインフルエンザの確率は96.5%
- 検査陰性だと、検査後のインフルエンザの確率は57.1%
この結果をみて、感想はいかがでしょうか?
総合診療医かずきは、そもそも検査前確率が80%ある人が検査陽性で検査後確率が96.5%になったとしても、そもそも検査前に80%の可能性なので「当たり前じゃん」と思ってしまいます。逆に検査陰性だった場合の検査後確率が57.1%ということは「インフルエンザを否定することは到底できない」ということになります。このような方に検査をする意味はあるのでしょうか?
このように検査前確率が高い方、つまりそもそもインフルエンザの可能性が高い方については、検査を行わずにインフルエンザと診断するのが合理的、という考えは十分に成り立つわけです。このように検査を行わずに診断することを「臨床診断」と言います。「臨床診断」は立派な診断方法です。インフルエンザの診断に検査は必須ではないのです。
こう言うと、「80%程度の確率で診断して大丈夫なの?」と思われる方も多いと思います。これはもっともなご指摘です。この問題については、診断する病気の性質にもよります。例えば、癌かどうかを診断するときに診断の確率が80%ではどう考えても心もとないですよね。その診断によって手術がなされたり、抗がん剤治療が行われたりするわけですから、診断精度として限りなく100%近いものが求められます。
一方で、今回のインフルエンザについてはどうでしょうか?検査前確率80%の方を検査なしでインフルエンザと「臨床診断」して、実は残り20%のインフルエンザじゃなかった場合のデメリットはどうでしょうか?これは人によって価値観が異なるので一概には言えないところですが、抗インフルエンザ薬が投与されたとしてもそこまで高額ではなく、副作用も重篤なものはほぼありません。ある程度許容できる範囲と考えても良いように個人的には思います。皆様はいかがでしょうか?
さて、インフルエンザの治療についても色々とお伝えしたいことがあるのですが、それはまた別の記事にまとめたいと思います。
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