はじめに
2024年はマイコプラズマ肺炎が流行しています。マイコプラズマ肺炎はときどき流行する感染症で、以前は4年ごと、オリンピックの年に流行すると言われていました。現在、そのような規則性は見られなくなりましたが、定期的に流行する感染症なので、正しい知識を身につけておくと役に立ちます。
マイコプラズマ肺炎はMycoplasma pneumoniaeという微生物によって起こる肺炎ですが、この微生物によって起こる感染症のうち肺炎に至るのは実は3〜10%程度で、多くは上気道炎症状(咳・咽頭痛・鼻汁なし)を呈し自然軽快するのです。
今回、マイコプラズマ感染症について、総合診療医の視点でわかりやすく解説します。この記事を読むことで、マイコプラズマ感染症・マイコプラズマ肺炎について正しい知識を身につけることができ、どのようなときに、どのような医療機関を受診すれば良いのか理解することができます。
マイコプラズマ肺炎の基礎知識
マイコプラズマ肺炎はMycoplasma pneumoniae(マイコプラズマ・ニューモニエまたは肺炎マイコプラズマ)という微生物によって起こる肺炎です。Mycoplasma pneumoniaeは自己増殖可能な最小の微生物で、生物学的には細菌に分類されますが、他の細菌と異なり細胞壁がないという特徴があります。
以前は4年周期でオリンピックの年に流行を繰り返していましたが、近年その傾向はなくなっています。コロナ禍以降は発症が激減していたのですが、2024年は久しぶりに流行しています。多くの方がマスクをしなくなったことが一因として考えられます。
感染様式は感染した人からの飛沫感染と接触感染ですが、新型コロナウイルス感染症やインフルエンザと違って濃厚な接触によって伝播すると考えられており、学校での短時間の暴露による感染拡大の可能性は低く、友人間や家族間での濃厚接触によって伝播すると考えられています。潜伏期間は2〜3週間と比較的長いのが特徴です。
マイコプラズマ・ニューモニエによる感染で起こる症状
前述の通り、マイコプラズマ肺炎はMycoplasma pneumoniaeという微生物によって起こる肺炎です。しかしながら、Mycoplasma pneumoniaeに感染した人が全員肺炎を発症するかというと、決してそうではありません。Mycoplasma pneumoniaeに感染した人の中で肺炎に至るのは、3〜10%と言われており、決して頻度は高くないのです。Mycoplasma pneumoniae(マイコプラズマ・ニューモニエまたは肺炎マイコプラズマ)という微生物がどのような症状を起こすのか、その全体像を把握すると理解しやすくなります。したがって、見出しを「マイコプラズマ肺炎の症状」ではなく「マイコプラズマ・ニューモニエによる感染症の症状」という、あえて長ったらしいものにしました。全体像をみていきましょう。
無症候性保菌
実は、健康な人でも保菌している場合があることが研究によって報告されています。保菌率は研究によって異なりますが、約0〜50%と言われています。保菌者の中には、Mycoplasma pneumoniae(マイコプラズマ・ニューモニエまたは肺炎マイコプラズマ)に感染しても無症状である方や、急性感染症から回復したあとの方が含まれていると考えられています。急性感染から回復したあとも、保菌状態は数周から数ヶ月(平均7週間)続くと言われていています。
ここで覚えていただきたいことは、Mycoplasma pneumoniae(マイコプラズマ・ニューモニエまたは肺炎マイコプラズマ)に感染しても無症状というケースがそれなりにある、ということです。こういう場合、もちろん治療は不要です。
急性上気道炎、急性気管支炎
Mycoplasma pneumoniae(マイコプラズマ・ニューモニエまたは肺炎マイコプラズマ)に感染した際に、最も頻度の高い症状は急性上気道炎と急性気管支炎です。
急性上気道炎の症状は、 喉の痛みや違和感・鼻水や鼻詰まり・咳です。上気道というのは口・鼻から喉になるので、このあたりの症状ということです。急性気管支炎は病変が気管支(上気道ではなく下気道)に及んでいることを意味しており、咳や痰という症状が主体になります。
病変が気管支に至っておらず上気道炎のみであっても、鼻汁が後方から喉の方に流れ込むことで咳や痰を誘発することはよくあるので、咳と痰がある=気管支炎というわけではありません。急性上気道炎と急性気管支炎はオーバラップしていることもあります。
これらの急性上気道炎・急性気管支炎の症状はマイコプラズマに感染したときに最もよくみられる症状なのですが、一方で急性上気道炎・急性気管支炎全体をみると、その原因微生物はほとんどがウイルスなのです。ウイルスによる急性上気道炎・急性気管支炎は、一般的に「感冒」「風邪(かぜ)」と言われています。
つまり、マイコプラズマに感染したとしても「肺炎」に至っていない場合は、「感冒」「風邪」の症状と同じということになるのです。さらに、マイコプラズマ感染によって上気道炎や気管支炎を起こした場合、抗菌薬(抗生物質)のような特別な治療は不要で、自然軽快します。したがって、ウイルスによる「感冒」「風邪」と同じように対症療法を行うことになります。
肺炎
マイコプラズマと聞くと「肺炎」を想起される方が多いと思います。しかしながら前述の通り、Mycoplasma pneumoniae(マイコプラズマ・ニューモニエまたは肺炎マイコプラズマ)に感染したとしても肺炎に至るのは、約3〜10%程度と報告されています。(Chest. 1989;95(3):639.)
マイコプラズマ肺炎は成人よりも小児に多く、5歳以上の小児の肺炎では最も多く(逆に5歳未満では稀)、小児の肺炎全体では8%を占めます。幼児期・学童期・青年期での罹患が中心で、7〜8歳にピークがあると言われています。マイコプラズマに感染したとしても無症状だったり風邪と同じような症状というケースがそれなりにあって、全員が肺炎を発症するわけではないということは覚えておきましょう。
マイコプラズマ肺炎の主症状とその頻度・未治療の場合の持続期間を示します。
- 発熱 86〜96% 2週間
- 咳 85〜96% 4週間
- 倦怠感 78% 3〜4週間
症状をみると、発熱と咳の頻度が非常に高くなっています。これらの症状がない場合、マイコプラズマ肺炎はほぼ否定してよいと考えられます。
一方で、発熱や咳は普通の「風邪」つまり急性上気道炎・急性気管支炎のときでもよく見られる症状です。どのようにマイコプラズマ肺炎かどうかを見分けるのが良いでしょうか?
正解は「持続期間」です。急性上気道炎・急性気管支炎の場合、発熱は3日以内、長くても5日以内に解熱することが多いと言われています。それ以上発熱が続くときには肺炎を疑いましょう。
咳は、急性上気道炎でも10日くらい、急性気管支炎では3週間くらい続くことがあるので、咳だけで肺炎かどうかを見分けることは難しいでしょう。マイコプラズマ肺炎では痰が出ることもあれば出ないこともあるので、痰の有無で判断することはできません。
マイコプラズマ肺炎は他の肺炎と比べると、比較的軽症であると言われています。重症化することはないわけではありませんが、稀です。マイコプラズマ肺炎と診断された場合、抗菌薬(抗生物質)による治療が行われることが一般的ですが、実はほとんどの患者さんは無治療でも完全に回復すると言われています。ただ、無治療の場合は発熱や咳などの症状が長引いてしまうので、通常抗菌薬治療が行われます。
この項の最後に、とても大切なことをお伝えします。症状の持続期間でどうであっても、急いで医療機関を受診する必要がある場合についてです。それは呼吸困難があるときです。
呼吸困難があるときは急いで医療機関を受診しましょう
ということです。具体的には以下のようなときです。
- 呼吸が早い
- ゼイゼイしている
- 肩で息をしている
- 鼻翼がピクピクしている
- ヒューヒューしている。
マイコプラズ云々に関係なく、このようなときは緊急対応が必要なので、急いで医療機関を受診しましょう。
その他の症状
その他、マイコプラズマ感染の症状として、溶血や中枢神経系の症状(脳の症状)・皮膚粘膜の症状・心臓障害など、いろいろあるのですが、頻度が低いのでここでは割愛します。
マイコプラズマ感染症・マイコプラズマ肺炎の検査
マイコプラズマ感染症で検査が必要になるのは、検査をすることで治療方法が変わる場合です。検査の結果がどうあれ治療が変わらないのであれば、検査する必要がありません。
前述の通り、マイコプラズマ感染で抗菌薬(抗生物質)治療が必要になるのは、マイコプラズマによって肺炎を起こしているときです。マイコプラズマに感染していたとしても、無症状であればもちろん治療は不要ですし、急性上気道炎や急性気管支炎を起こしていたとしてもウイルスが原因の風邪のときと同じように対症療法で回復するので、マイコプラズマ感染であることを証明することに意味はありません。
マイコプラズマ感染の検査で重要なのは、肺炎かどうかを見分けることができるか、という点です。
胸部X線検査
肺炎が疑われるときは、胸部X線検査が行われます。これで、肺炎の陰影がみられたら「肺炎」の診断を下すことができます。
胸部X線検査はCT検査ほどではないにしても放射線被曝の問題があるので、すべての方に行うことはありません。肺炎の可能性がある程度疑われないと行われませんし、行うべきではありません。
では、肺炎の可能性が高い方はどのような方なのでしょうか。
前にも述べた通りですが、概ね以下のような場合に考えます。
- 高熱が続くとき(目安は4日以上)
- 呼吸数が多いとき
- 酸素飽和度が低くなっているとき(酸素飽和度 95%未満)
- 胸部の聴診で異常がみられるとき
成人では肺炎が疑われるとほぼ全例で胸部X線検査が行われますが、小児はどうでしょうか。小児の肺炎ではウイルス性肺炎の確率が非常に高くなっており、その場合抗菌薬治療は不要で自然軽快します。前述の通り、マイコプラズマ肺炎でも自然軽快します。また、ウイルス性肺炎やマイコプラズマ肺炎では胸部X線検査を行っても、その陰影がはっきりせず判断しづらいこともあります。海外では、入院の必要のない小児の肺炎ではX線検査は不要、としているガイドライン(IDSA, BTS)もあるのです。小児肺炎では必ずしも胸部X線検査が必須ではない、ということを付け加えておきます。
微生物学的検査
微生物学検査は、Mycoplasma pneumoniae(マイコプラズマ・ニューモニエまたは肺炎マイコプラズマ)に起因しているかどうかを調べるために行われる検査です。
咽頭ぬぐい液や喀痰を採取して核酸増幅検査(PCR法やLAMP法など)を行うのが診断のゴールドスタンダードになりますが、どの医療機関でもできるような検査ではなく、結果が出るまでに時間がかかってしまいます。
血液検査という方法もあります。感染急性期と回復期(約4週間後)の血液のIgGを測定し、その力価が4倍以上上昇したら陽性と判定するものです。しかし、この方法は検査結果を急性期の治療方針に反映させることができないので現実的ではありません。代替案として急性期血液のIgMの値で判定する方法もありますが、これだと検査の精度が低くなってしまうという問題点があるし、このIgMの結果が出るまでにもある程度時間がかかります。自前の検査センターを持たない医療機関だと、当日に結果を確認することは難しいでしょう。
最近は、マイコプラズマ迅速診断キットを導入している医療機関が増えてきています。インフルエンザの迅速検査と同じように、咽頭ぬぐい液から短時間で結果が出ます。キットによって違いはあるものの、PCR検査と比較して感度60〜74%、特異度81〜90%となっており、やや見逃しの問題はあるもののそれなりに活用できる検査です。
PCR検査、迅速診断キットの問題点
PCR検査や迅速診断キットの問題点は、これらの検査で陽性だったからといって抗菌薬(抗生物質)による治療が必要というわけではないということです。
前述の通り、マイコプラズマ感染で抗菌薬治療が必要なのは、肺炎を起こしている場合です。急性上気道炎・急性気管支炎の場合は、ウイルスによる急性上気道炎・気管支炎(つまり風邪)の時と同様に対症療法で改善するので、抗菌薬治療は必要ではありません。抗菌薬治療が必要ない人でも検査をすれば陽性と出ます。
肺炎の診断は、発熱が続いていることや呼吸状態などから疑って、胸部X線検査で診断します。肺炎にもさまざまなものがあるので、ではその肺炎がマイコプラズマ肺炎なのかどうかが問題になります。PCR検査や迅速診断キットはその肺炎がマイコプラズマ肺炎なのかどうかを判別する手がかりになりますが、これらの検査は必須ではありません。
医師は肺炎の患者さんを診たとき、細菌性肺炎か非定型肺炎かを考えます。それぞれで使用する抗菌薬が違うからです。マイコプラズマ肺炎は非定型肺炎に分類されます。症状や経過・診察所見・X線所見などで、ある程度判断することはできます。どうしてもどちらか判断できないときや重症例で治療が奏効しないと危険な状態になってしまうときは、細菌性肺炎・非定型肺炎の両者を同時に治療する(2種類の抗菌薬を投与する、または両方に効果のある抗菌薬を投与する)という判断をします。こういった治療はいかがなものか?ちゃんと診断しなくてよいのか?と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、実はガイドラインでも推奨されているしっかりとした治療法なのです。
ということで、マイコプラズマのPCR検査や迅速検査キットはマイコプラズマ感染症の治療において必須の検査ではなく、これらの検査が施行できないからといってマイコプラズマ肺炎に対応できないというわけではありません。
マイコプラズマ感染症の治療
急性上気道炎、急性気管支炎
前述の通り、マイコプラズマ感染症だったとしてもこれらの病態はウイルスによる風邪のときの症状と基本的に同じです。そして、治療法も風邪のときと同様で症状を和らげる治療(対症療法)になります。発熱に対して解熱薬、咳に対して鎮咳薬、などです。抗菌薬治療は不要です。
風邪と同じ症状だったとしてもマイコプラズマが原因であれば、抗菌薬治療で早く治るのではないか、と考える方がいらっしゃるかもしれません。しかし、必要のない方に抗菌薬治療を行うデメリットを考えなければなりません。抗菌薬は他の薬剤に比べるとかなり副作用が起こりやすい薬剤です。副作用の中には、かなり重症なものも含まれます。さらに、抗菌薬を使うとその抗菌薬が効かない耐性菌が体内にできます。これが悪さをしたときは、治療に難渋することになります。不要な抗菌薬は有害であることを理解しましょう。
そして、マイコプラズマによる急性上気道炎、急性気管支炎に抗菌薬治療を行って有効だったという研究結果は私が把握している限り存在しません。
肺炎
前述の通り、肺炎に対しては抗菌薬治療が通常行われます。使用される抗菌薬は、マクロライド系・テトラサイクリン系・キノロン系です。
ここで覚えていただきたいことは、マイコプラズマ肺炎に対して適切な抗菌薬治療が行われて症状が軽快してきたとしても、咳が完全に治まるまでに1ヶ月くらいかかってしまうことが多い、ということです。一方で、効果のある抗菌薬治療が行われた場合、約48時間程度で解熱すると言われています。抗菌薬が開始になって3日以内に解熱しない場合は、再度受診して医師に相談することをお勧めします。
マクロライド系抗菌薬
マクロライド系抗菌薬の代表的なものは、アジスロマイシン、クラリスロマイシン、エリスロマイシンです。一般的に第一選択になるのがこのマクロライド系なのですが、日本ではマクロライドが効かないマイコプラズマ(マクロライド耐性マイコプラズマ)が問題になっています。
ただ、マイコプラズマ肺炎は比較的軽症であり自然軽快も期待できることなどの理由から、感染症のテキストではこのマクロライド系抗菌薬を第一選択薬として推奨しています。
テトラサイクリン系抗菌薬
テトラサイクリン系抗菌薬の代表的なものは、ミノサイクリン、ドキシサイクリンです。マクロライド耐性マイコプラズマが考えられるときに投与されることが多い抗菌薬ですが、8歳未満の小児に投与すると歯牙黄染の可能性があるため注意喚起されています。ドキシサイクリンについては、8歳未満の小児に投与しても歯の変色は見られなかったという海外からの報告が散見されますが、本邦では現実的に8歳未満の方に投与されることはないでしょう。
マクロライド耐性マイコプラズマが考えられて、8歳以上の方には有力な選択肢になります。
キノロン系抗菌薬
キノロン系抗菌薬の代表的なものは、レボフロキサシン、シプロフロキサシンです。この抗菌薬は、さまざまな治療が効かなかったときや重症例のための最後の砦のような抗菌薬なので最初から使うべきではありません。ただ、残念ながら日本ではこの抗菌薬が乱用されており、キノロン耐性菌が大きな問題となっています。
難治例、重症例でかつ8歳未満の方の場合は選択肢に上がる抗菌薬です。
予防
マイコプラズマ肺炎はコロナ禍では激減しました。全員がマスクを着用し、手指衛生(手洗いやアルコール消毒)を行うことで、コロナやインフルエンザよりも容易に予防することができます。周囲で流行していて予防したい場合は、マスクと手指衛生を徹底しましょう。
まとめ
マイコプラズマ感染症、マイコプラズマ肺炎について概説しました。重要点は以下の通りです。
- 感染様式は感染した人からの飛沫感染と接触感染
- 新型コロナウイルス感染症と違って濃厚な接触によって伝播すると考えられており、学校での短時間の暴露による感染拡大の可能性は低く、友人間や家族間での濃厚接触によって伝播すると考えられている。
- 潜伏期間は2〜3週間と比較的長い
- マイコプラズマ肺炎はMycoplasma pneumoniaeという微生物によって起こる肺炎
- Mycoplasma pneumoniaeに感染した人の中で肺炎に至るのは3〜10%
- 多くは急性上気道炎、急性気管支炎を起こす。これらはウイルス性の「風邪」と症状が似ており、抗菌薬治療を行わなくても自然軽快する。「風邪」と同じように対症療法を行う。
- 肺炎を起こしたとしても4週間程度で自然に回復すると言われているが、無治療だと症状が長引くので抗菌薬治療が行われることが多い。
- マクロライド系抗菌薬が第一選択となるが、耐性菌が疑われるときはテトラサイクリン系やキノロン系抗菌薬が投与される。
- 発熱が長引く、呼吸数が多い、酸素飽和度が低い(95%未満)などのときは肺炎を疑って、診断のために胸部X線検査を行う。
- 症状が経過、検査からマイコプラズマ肺炎が疑われるときは、マイコプラズマ肺炎をカバーする抗菌薬を投与することになる。PCR検査や迅速検査キットは参考になるが必須ではない。
- 抗菌薬治療が始まると3日以内に解熱が期待できるが、咳は長く続くことがある。
- 予防のために、流行しているときはマスク着用や手指衛生を行う。コロナやインフルエンザよりも予防は容易である。
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